会長
近藤 愛哉

保守バプテスト同盟の盛岡聖書バプテスト教会牧師。
東日本大震災後、「3.11いわて教会ネットワーク」を発足。
この度、BFPを通してイスラエルの地で働きを続ける永田道生・恵夫妻を「祈り支える会」が発足しました!すでに2年近くにわたりイスラエルでの働きを続ける道生さん、そして昨年9月に道生さんとの結婚を機に夫婦で共に仕えることになった恵さんですが、遅ればせながら、と言えるかもしれませんが、この「祈り支える会」の発足を嬉しく思います。私は道生さんが属する教会の牧師として、お二人のイスラエルの地での働きへの導きを見、ご夫妻からの報告を受けながら大きく二つのことを思わされて来ました。 一つ目は、他のあらゆる主の働きの例にもれることなく、それは祈りなくしては進められない働きであるということです。歴史を通じて、あまりにも深く刻みこまれ、大きく横たわっているユダヤ人と教会との間の憎しみや反目に、主だけがもたらすことの出来る和解を祈り求めつつ仕えること。それは色々な意味で大きな闘いを伴う働きです。二つ目は、「祈り支える会」と会の名称をつけたものの、それが必ずしも正確な名称ではないということです。何故ならばご夫妻を祈り支えようとする時、日本(や他の地)にいながらにして、私たちもすでに、イスラエルの地でなされているその働きを共に担う者とされていることに気づかされるからです。私たちの教会ではご夫妻から届く毎週の報告を受けて、礼拝、祈祷会において祈る時を持っています。イスラエルの「今」を伝える、文章、写真や映像を通し、いつしか私たちの思いが遠いはずのイスラエルの「近く」に置かれていることにも気づかされるのです。ご夫妻と共に、イスラエルに対する「永遠の昔からの」神様の大きなご計画の一端に私たちもまた加わることが許されるという特権を、ぜひ共に味わおうではありませんか。

会計兼事務長

会計
松井 博子

私たちの主の御名を讃美いたします。
この度BFPのエルサレム本部で奉仕されている  永田道生・恵  夫妻の支援会を立ち上げることになり会計という役をいただき光栄に思います。 私は北海道・札幌キリスト福音館(単立)の松井博子と申します。道生くんとは  2011・3・11東日本大震災の時に  岩手 宮古市において長期ボランティアとして共に奉仕させてもらいました。 初めて会った時は21歳の若さながら毎日変化する様々な状況に 柔軟に対応する姿に感銘を受けていました。また、年齢、性別、職業などに関わらず 全ての方と良い関係を築いていました。 信仰者として将来 どう神様に仕えていくのかその歩みにとても興味がありました。その彼に BFPJからイスラエル旅行の誘いがあった時、なぜか神様がイスラエルに 導いておられると強く感じて 何としても行ってもらいたいと思いました。その旅行後も、そして恵さんと結婚してからは二人でイスラエルへと導かれました。恵さんは大学でイスラムの勉強され アラブ人に重荷が与えられています。ユダヤ人とクリスチャンの和解だけではなく、アラブ人とユダヤ人の和解のためにも遣わされていると確信しています。イスラエルでの二人の働きの詳しい内容は 趣意書を読んでいただくとよくわかっていただけると思います。
イスラエルは物価が高いです。特に住居費が日本の3~4倍かかります。彼らの今の収入は住居費にほとんど支払われ 生活費に困窮しています。安心してユダヤ人に アラブ人に仕えるためにもサポートが必要です。クリスチャンとして重荷を共に負いあい、神様の業に預かってくださると感謝です。
皆様のご協力を心からお願い申し上げます。

永田 道生

1989年11月9日に永田家の長男として、東京で生まれる。
宣教師の両親と共に12歳から18歳までサイパンで暮らす。
帰国後、音楽専門学校へ。
20011年に卒業し、同時に千葉の教会から震災支援ボランティアとして
岩手県に派遣される。
その時、餞別として貰った一眼レフに興味を持ち写真を撮り始める。
2014年に福音放送団体で1年働き、2015年からイスラエルへ。
ストーリーを通して人々を繋いでいくことに情熱を持っている。

永田 恵ジョイ

1988年11月30日にスコットランド人の母と関西出身の父の次女として、スコットランドで生まれる。
5歳の時に日本に移住し、滋賀、三重、千葉で暮らしたのち、大学2年生の時にアメリカに留学する。
東京基督教大学では国際キリスト教学科、バイオラ大学ではイスラム教を専攻。
2011年に大学卒業後、2012年に緊急支援団体サマリタンズ・パースを通して宮城で震災支援をする。
その後、2013年から福音放送団体で働き、2014年に主人と出会う。
2015年から2016年にかけて内なる癒しを体験し、女性ミニストリーに情熱をもつ。